父の他界
しばらくのご無沙汰でした。こんばんは。
10月1日に父が他界いたしました。
93歳、最後はあっという間の出来事でした。
ずっと父の家に取り付けたWebカメラで見守っておりましたが
9月28日の夜に自室の床に倒れたまま起き上がることができず
私がカメラ越しに気づいたのは翌日の朝でした。
いつもなら、寝る前と起きた直後にカメラを確認するのですが
たまたま、その日に限って見ませんでした><
毎日毎日、見てきましたが、今まで緊急を要するような出動に至ることがなかったので
その日もまぁ大丈夫だろうと思ったんですね。
7時半ごろカメラを確認すると、ベッドに姿がなく、床に足だけが動いているのが見えます。
慌てて駆けつけると、もう12時間近くこの状態だったとのこと。
まだその時期は暑くて、でも部屋のエアコンをつけることもできず、電話の子機を手に取るどころか、仰向けに倒れたまま、あちこちを掴んで起きようとしたのか、それでも起き上がることができず、たんすの引き出しやら、いろんなものが室内に散乱していました。
かなり大変な思いをしましたが、なんとか私一人でベッドに座らせることができました。
腰を掛けることさえできれば、今まで通り杖を使って室内を移動することはできると言います。
でも、その日は、また午後2時ごろにも床に倒れて起き上がれなくなっていました。
さすがにこの状態はまずいと思ったので
その日の夕方、かかりつけ医に出向いて、翌日(土曜日)の往診をお願いしました。
その日から私はご飯ものどを通らないどころか、夜も満足に眠れないような状態でした。
夜間はカメラを確認しない
何かあってももう諦める
そう割り切っていましたが
やっぱり夜中に目が覚めてしまうんです。
そして眠れなくなります。
幸い土曜日の朝は自分で歩いて家の中をウロウロ出来ていました。
医者が往診に来るということで、カメラを見ていると、ハンディモップを持って自分の部屋の掃除をしていました。
主治医が来た時も、自分で受け答えをしていましたが
顔色は悪く、貧血なのは見ているだけでわかるほどでした。
原因不明の下痢や、突然の胃がんの発覚
コロナワクチンを打っていなかったら、もう少し毎日おいしく食事を摂れて、ましな最期を迎えられたのにとそれだけは悔やまれますが
最後は原因不明の下痢だなんだと、まともに食べられずでしたので、栄養状態も悪かったと思います。
最期の日
日曜日でした。
やはり私はまともに眠れず、午前4時半に目が覚めたのでWebカメラで父の様子を確認しました。
すると、ベッドに腰かけているものの、上半身が後ろに倒れたまま、なにやら腕を必死に動かしてもがいているようにカメラに映っています。
これは異常事態や!
と状況を察し、懐中電灯を片手に父の家に駆け付けました。(真っ暗なので鍵穴も見えないのです)
部屋に入ると、やはり上半身が後ろに倒れたまま自力で起き上がることができない状態でした。
手を貸してベッドに座ることは出来ましたが
トイレに行きたいと言います。ゆうべから行けてない、と。
それじゃ立ち上がってみる?と手を貸すも
どうも前日までと様子が違います。
肩を貸しても、一歩も足が前に出ません。
これはとてもトイレには連れていけないとなって
以前に準備していた尿瓶に用を足してもらうことにしました。
ところが、本人は排尿しているつもりなのに、一滴も尿は出ません。
午前5時の時点で、契約している訪問看護師さんの時間外対応に電話をしていましたが
休日の早朝で担当外の看護師さんだったため、到着まで1時間ほどかかると言われていました。
いったんキャスター付きの椅子に座ってもらっていたものの、もうそこからベッドに移すことさえ出来なくなっていました。
あまりに一人で奮闘しているのが不安だったので、娘や息子に電話もしました。早朝でしたけど。
そのうち折り返し電話があったものの、息子は名古屋へ旅行中。
娘も家族で宿泊を伴う遊びに行っていましたが、近隣だったため、切り上げてこっちにきてくれることになりました。
それでも、援軍が到着するのはまだまだ先の話です。
6時ごろようやく訪問看護師さんが雨の中車で駆けつけてくれました。
でも、ドクターと連絡がついていないので、対応できることがありません。
まだその時点では意識もはっきりしていて、受け答えもできていたので、汚れた衣服を一緒に着替えさせてもらい
父をベッドに横にして、看護師さんは次の訪問先へ行くためいったん帰られました。
トイレに行きたいという要求
看護師さんがベッドに寝かしてくれましたが
父の「トイレに行きたい」という欲求はかなえられないままです。
手を貸してくれたら歩けるというので、また補助をしましたが
やはり無理です。
一歩も足が前に出せません。
おまけにベッドから立ち上がらせてしまったため、戻れなくなってしまいました。
それほど、もう自力で体を支えることすらできなくなっていたのです。
そうなると、私一人の力ではどうすることも出来ません。
いったん傍らの椅子に座らせたものの、崩れ落ちるので座っていることも難しい状況です。
ここで、近所の私の友人にSOSの電話を掛けました。
7時過ぎだったと思います。
すぐにヘルプに来てくれて、二人でなんとか父をベッドに戻して横になってもらいました。
しかも、家にあったポータブルトイレも車で運んできてくれました。
それに座ってみる?と聞くと頷くので、二人で座らせようとしましたが
行きたいのはトイレであって、ポータブルではないらしく
結局、願いは叶えてあげられず(そりゃ無理だ、立てないんだもの)
ベッドに寝てもらいました。
友人が帰った後、しばらくすると、訪問看護師さんが、尿道カテーテルを持って再度来てくれました。
ドクターと連絡がまだつかないけれど、このままにしていると熱もさらに上がってくる可能性があるので、事後承諾で処置します。
ということで、尿道に管を入れて排尿させてもらうことができました。
ヤレヤレです。
最後のスムージー
4時半から奮闘すること5時間。
時刻は9時半になっていました。
「私、4時半から何も飲んでないから、いったん家に戻って一息ついてくるわ」
と父に言うと
「俺かて何も食うてない」と言うではありませんか!
それで、私が毎日飲んでいて、下痢をするまでは父にも毎日作っていたスムージーを作るので飲む?と聞くと「飲む」と返事。
それを作って持って行くと、「美味い」と言って自分でコップを持って最後まで飲み干していました。
おしっこ問題もいったん落ち着いたし、スムージーを飲ませた後、私はいったん自宅に戻り、娘の到着を待つことにしました。
父には、ベッドの手の位置の傍に、プラスチックのピンクのおもちゃの棒を置いておき
もし用事があったら、この棒を握ってくれたらすぐ来るわと言ってありました。
なのでカメラから目が離せません。
吐血
10時頃に娘と下の孫がやってきました。
カメラを見ながら、ここまでの顛末を娘に話していました。
すると、なんか用事あるのか?みたいな動きをしているので、娘と孫の3人で再び父のところを訪問しました。
「呼んだ?」と聞くとハッキリした口調で「呼んでない」と言われ
ひ孫が来たで~孫も来たで~と顔を見せると、視線が合ってわかっている様子でした。
それから父の家でしばらく談笑して
「じゃあまた用事があったら呼んで」と父に伝えて家に戻りました。
家に戻ってもカメラからは目が離せません。
私はすぐに台所に用事があって離れていましたが
娘がテーブルの上のモニターを見て
「えっ!じぃじぃちゃん、吐いてない?!」と叫んでいるではないですか!
戻ってきてからすぐの出来事です。
カメラの映像をズームアップすると、なにやら口の周りがどす黒く汚れています。
これは一大事!とまた3人で父のところへ!
すると口から大量の吐血。
このままでは窒息してしまう!と判断し
娘が体を横にし、私が顔の周りにペットシーツを差し込んで吐血を受け止める準備です。
すると、信じられないほどの血が口から出てきました。
最大サイズのペットシーズで汚さずに受け止めるのがギリギリという量です。
必死で声掛けをしながら処置をしていたのですが
父の顔に反応が見られません。
触っている腕から脈も取れません。
娘が背中に耳を当てるも、すでに心音も聞こえません。
あ・・・
もう死んでる・・・
再び、訪問看護師さんに電話をし、目の前で起きている状況を説明しました。
10分ほどで駆けつけてくださり、臨終を確認しました。
私と娘がそばを離れた直後に逝ったようでした。
そんなことってある?!というほどあっという間の出来事でした。
1時間半前までスムージー飲んでたやん!美味い言うてたやん!
まさかそんな人が・・・
そんなことが今月のはじめにありました。
長くなりましたので、いったんこの辺で。
野球と関係のない話を読んでくださりありがとうございました。
心配してコメントを下さったみなさま、ありがとうございました!
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