今日からクライマックス!

長い間真剣勝負とはご無沙汰でしたが

いよいよ、今日からまた真剣勝負ですね!

しかも広島と!甲子園で!

ペナントレースが終わった後の選手のゲームでの調子なんて知る由もないけれど

監督で勝ってる気がするのは私だけ?w

岡田節が面白い!

-新井監督は広島で「相手は横綱」「初心者マークをつけてメンバー交換する」「めちゃくちゃする」と言っていたそうだが

「まあ、そういうのなるやろなあ、そらミーティングの時にみんなに言うたよ。『何やってくるか分からん』ていうかな。高校野球やろ。まあ金属バットで打てんやろ。それだけ心配やわ。高校野球する言うから、お前。金属バット持ってくるんちゃう、おーん。金属バットはあかんで」

-2位から挑戦者でくると思うが、受け身にならない方がいいのか

「受けなしゃあないやんか。オレは受けるよ。同じようにやらへんよ、野球を。しゃあないやんか、こっちは受け身で待ってるんやからさ。向こうは勝ち抜いて勢いはついてるいうことは当たり前のことやから。だから、別に、こっちは受けるいうことや」

金属バット持ってくるんちゃうんって

お腹抱えて笑う~~~!!!

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広島なんぞに負けるなんてセ界の王者として許されへん!

そら一番許されへんのは岡田さんやと思うで!

新井さんに負けるわけにいかへん!

もう3連勝してさっさと決めてしまいましょ!

パ・リーグもオリックスが勝つでしょう。

そら、勝たんとあかんわ。

そして、日本シリーズは関西決戦や!

頼むで!日本一!

おまけ

昨日は、父のことをつらつらと書いた記事を読んでくださった皆さん、ありがとうございます。

そして、拍手コメントをいただいた方にもこの場を借りてお礼申し上げます。

阪神タイガースのブログに書くような記事ではないのですが

今、私が書いているのはここだけなので、記録に残させてもらいました。

お世話になっていた訪問看護師さんとはLINEのやりとりで

「ではまた明日の11時にお願いします」

と言っていたのですが

突如その必要もなくなりました。

そして、本来であれば訪看さんがケアに来られる予定だった月曜日の11時ごろ、弔問に来てくださいました。

日曜日の午前に他界し、すぐに葬儀の手配をし、火曜日が通夜式、水曜日が告別式でした。

なので、月曜日は自宅に安置しておりましたので、その日は訪看さんも、ケアマネさんも、ご近所さんも来てくださいました。

訪看さんと父の部屋に座り、傍らで色々と話していると

驚くことがおこりました!

口を開いたまま無表情で横たわっていた父の顔が、明らかにほほ笑んだのです!

そんな馬鹿なと言われそうですが

訪看さんと私はハッキリと目撃しました。

時間にして30秒ぐらいだったと思います。

だから一瞬とかではなかったんです。

訪看さんと私が父の話をして「ほんまになぁ~!」などと言って笑い合っていると、あのいつもの父の笑顔になったんです。

訪看さんの方が先に「見て!見て!お父さん、笑ろてはる!」と。

私も気づいていたので「そうですよね!これ!いつもの父の笑い方ですよね!」と二人して大騒ぎしました!

表情はその後スーッとなくなり、また無表情の遺体の顔に戻りました。

人は死んだあと、天井当たりの高さから自分の死を見つめていると言います。

なので、葬儀も全部見ていてわかっていると。

葬儀はなんのためにするのかというと、亡くなった方が、自分が死んだことをちゃんと理解するためという意味もあります。

特に父のような無宗教の人であったり、死後の世界のことをまったく信じていないような人は

死んだ後も、自分が生きていると勘違いして、上に上がらずに(成仏せずに)行き先に迷ってしまう可能性もあるからです。

私は、父にひと月ほど前に話しました。

「死んだら四十九日の間は、自由にこの世界を動き回れるらしいで。よかったな!もう杖もいらんやん」「どこも痛ないしな!」

「死んだ自分の姿も天井あたりからしっかり見られるらしいで、生きてると勘違いする人もおるぐらいやから、気ぃつけや」

と話すと笑っていました。

きっと今頃「ほんまやった!」と驚いていることと思いますw

昨日の記事を読んだ人の中にも不思議に思われた方がいらっしゃると思いますが

なぜ、床に倒れて起き上がれなくなっていた時点で救急車を呼ばないの?

入院させないの?!

と。

そんな私一人で、ずっと介護するなんて無理やん!

と。

実際のところ、最後の2日間は寝ていても、途中で目が覚め、父の様子が気になっていましたので、あの状態が毎日続いたら私自身の体がもっていたかどうかわかりませんが

その状態も父はわかっていて、一瞬で旅立ったんだと思っています。

何があっても、家庭でかかりつけ医と訪問看護師さんに出来る範囲のことをしてもらい、それ以上のことはせずに見送る

と心に決めておりましたので

救急車とか入院とか、一度も頭に浮かぶことはありませんでした。

それが父の最後の希望でもありましたしね。

臨終の瞬間、娘が来てくれていたのは本当に心強かったです。

あれが一人だったらと思うとさすがに心細いし怖かったです。

それもこれも、みんなお願いしていた神様がご配慮くださったんだと信じています。

1年半の間、ほぼ一日も欠かさずに父のことだけをお願いするために参拝していました。

「最後まで自分の足で歩いてトイレやお風呂に行けますように。おいしく食事がいただけますように。痛み苦しむことなく天寿を全うできますように」と。

本当にその通りにしてくださいました。

私の作ったスムージーを「美味いわ」と言って自分で飲んでいた人が、まさかその90分後に逝ってしまうなんてさすがに思いませんでした。

娘も、来てくれたけど、まさかその日に臨終に立ち会うことになるなんて想像もしていなかったと言っていました。

今は実家の片づけをしながら、四十九日の間は、スピーカーから(23分ほど)お経を流して、その間はロウソクやお線香に火を灯し供養しています。

これできっと行き先を迷わずに上がってくれると思います。

先月から21日には写経をして奉納するために近くのお寺に通っています。

棺にも写経を一巻入れました。

無宗教だった私とは思えない変わりようです。自分が一番驚いていますw

人は何かきっかけがあると、こうも変わるものなんですね。

では、また夜に。

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Posted by どらみ